モモの糖度でギネスに挑戦!
大阪府岸和田市の包近(かねちか)地区。眼下に新興住宅地、彼方に大阪湾を見下ろす高台に、松本隆弘さん(52歳)のモモ畑があります。7月上旬、果実がたわわに実り、収穫の時期を迎えていました。ふと隣の畑に目を移すと、そこにはみかんの青い果実が膨らんでいます。包近は、全国でも珍しいモモとみかんを両方栽培できる産地なのです。
ここは元々温州みかんの産地でした。昭和40年頃までは、みかんを作れば1年で家が建つといわれたほど。モモの売上は夏の小遣い程度やったんです。
ところが、オイルショック以降みかんの価格は暴落。減反政策により畑に転換された畑にモモの木が植えられ、栽培の主力は徐々にモモに変わっていきました。周囲で宅地化が進む中、現在も60件の農家がモモの栽培をつづけています。
朝、収穫したモモを、1個1個非破壊の糖度計に乗せ、計測していく松本さん。
これなんか、20度超えの顔しとるわ
一見、だんじりが大好きな岸和田の熱血オヤジな感じですが、モモを扱う時は愛娘を見つめる父親のよう。そっと計測器の皿にのせると……
「ピッ!」
電子音とともに『糖度22.2度』と計測されました。
一般的にモモの糖度は10~12度前後。15度以上は珍しく、20度を超えることはめったにないといわれています。松本さんの70aの圃場から採れるモモの糖度は総じて高く、17~18度はザラ。年に数十個は『20度超え』の果実が出現します。
2015年5月、『糖度22.2度』(1玉の平均値)という数値は、あの《ギネスブック》で、世界一と公式に認定されました。松本さんが作り出す『糖度20度超えのモモ』は、その貴重さと希少さが評判となり、「1個1万円以上」で、取引されています。
そもそも、松本さんはなぜ、糖度で《ギネス記録》を目指したのでしょう?


1年目で糖度計が振り切れる
松本さんが、家業であるモモとみかんの栽培を受け継いだのは、今から20年前の31歳の時でした。当時はすでに経営の主軸はモモに移っていましたが、バブル崩壊により価格が暴落。脳裏に「廃業」の二文字が浮かんだこともありました。
そんな時、モモにかける袋の業者を通じて、「岡山のモモ農家は、1件あたり40~50aで、ちゃんと経営しているよ」という話を耳にします。自分と同じ家族経営の小規模農家が、なぜやっていけるのか。大産地の岡山では、糖度センサーを使って高糖度のモモを選び出し差別化。糖度に応じて「ロイヤル」「キング」「エース」「クイーン」とランク付けして売り出すことで、高糖度のモモが「1箱1万円」の高値で取引されていたのです。甘くおいしいことを客観的に数値化すれば、モモは高く売れる。包近よりも多くの生産者が集う岡山県では、そんな形でブランド化が確立されていたのでした。
窮地を脱するには、個人的に『糖度』を上げて、甘さとおいしさを数値で認知してもらうことが必要だと考えた松本さんは、それまでの栽培方法を見直します。この時思い浮かんだのは、【バクタモン®】を使った鳥取産の高糖度のりんごでした。
早速、その生産者を訪ね、栽培方法などノウハウを教えてもらって、2005年春から元肥と一緒に10aあたり、40kgのバクタモン®を施用。新芽の発芽と開花の時期に、葉面散布することになりました。すると……
1年目に20度を超えました。当時使っていた糖度計が振り切れたんです。
果物の甘さの指標となる『糖度』は、果糖、ブドウ糖、ショ糖の総量で、これにはいくつかの計測方法があります。
モモの果汁を絞ってその光の屈折率を測り、そこから糖度を読み取る方法。これはモモを壊さなければ測れませんが、より正確な数値が求めれられる審査や検査を受ける時は、この方法での測定値が求められます。一方、果実を壊さずに丸ごと測るのが、光センサーを用いる方法。松本さんや果樹農家が、モモの糖度を測る時は、こちらを使うのが一般的です。
同じ非破壊の検査機でも、計測に時間がかかったり、朝のうちに収穫した冷たいモモと、夕方の温まったモモでは値が変わったり…、数値にブレが生じてしまいます。
そこで松本さんは、より正確な糖度を測定するために、(株)クボタ製の【フルーツセレクター】を導入。個人農家には、かなり高価な買い物でしたが、思い切ってこれで計測すると『25.5度』を何度も連発するようになり、それ以上の数値が出ません。
これはおかしい」と、松本さん。
メーカーに電話で問い合わせました。

松 本:「お宅の機械、25.5度までしか測れまへんな?
クボタ:「そらうちの機械、故障してますわ。そんな値、ありえません」
松 本:「いやいや。大阪府の紹介で日本食品分析センターへ送って、
     1玉平均25.5度って値をもろうてます

クボタ:「ほんとですか!?すぐ行きます」

(株)クボタでは【フルーツセレクター】の開発にあたり、日本全国で栽培されている、あらゆる果物をサンプリングしました。その結果「日本に25度を超える果物はない」と判断。なので、『25.5度』を限界値に設定していました。
だから「まさか、それを超える人が現れると思わなかった」というのです。その後、(株)クボタはすぐに計測器を改良。糖度35度まで計測可能になりました。それを聞いた松本さんは、
モモの糖度で日本一が取れる!
と、確信したのです。

それから時は流れて――
2012年のロンドンオリンピックの年、メダルラッシュや世界記録の更新が続く中、松本さんは地元テレビ局の番組で『巷の世界記録』を狙う人物として取り上げられました。この時レポーターに「松本さん、糖度で世界記録狙いますか?」と問われて、
モモの糖度に世界記録があるのかどうかわからんけど、もしそんな部門があって、3~4年前に出した25.5度を超える記録が出たら、挑戦してみたい」と、答えていました。
そしてこの年、改めて測ってみると……
この年は、光センターの糖度計で測定すると『29.8』や『32.0』という数値を連発。だんだん『世界』が視野に入ってきました。
ただし、これはあくまでもピンポイントの数値。改めて食品分析センターに送り、皮と種を抜いて、果肉をミキサーにかけたものを、ろ過し、不純物を取り除いて糖度を測る、正式な方法で測ったところ、『1玉の平均23.4度』をマークしたのです。
そもそも、松本さんのモモの糖度が飛躍的に上がったのは、なぜなのでしょう?


樹を傷めず健康なまま、高糖度を実現
はっきり言います。バクタモン®だけでは、糖度は上がりません
たとえば、果実の糖度を上げる方法として、植物に与える『水を切る』方法が知られています。高糖度みかんや、トマトなどに見られるやり方で、与える水をギリギリまで絞ってトマトやみかんの木を枯渇状態にすることで、果実の糖度を上げていくのです。
あれは、樹を傷めつけて追い詰めるやり方。だけど、うちはそうじゃない
トマトのように一作ごとに抜いて、新たに苗を仕立てる作物の場合は有効ですが、モモのように露地栽培で水分調整が難しく、10年以上作り続ける永年作物に、樹を傷めつけるこの方法は適しているとは言えません。
健康体のまま、いい実をならすには、葉が光合成をして作ったでんぷんを、果実にいっぱい蓄積させる。そんな考え方に基づいた肥料設計をしています。
そんな松本さんの圃場の土を土壌分析に出すと、ある成分が欠乏したり、はたまた別の成分は過剰だったり。一般的な基準に照らし合わせると『異常』な状態だと判断されるそうです。
それでも、ご自身は、
10年間、ちゃんと無事においしいモモができている。樹が傷んでいるわけでも、土が傷んでいるわけでも、連作障害があるわけでもない。『異常』やと言われるけれど何がおかしいの?農業の常識は、どこまでほんまなん?
松本さんのモモ畑の土は、粘土質。一度雨が降るとなかなか水が引かず、靴が泥だらけになりますが、その代わりに肥料もちがよいのが特徴です。
有機にせよ無機にせよ、土壌に投じた肥料分はすべて作物に吸収されるわけではなく、雨や潅水によって土の中で流亡してしまう分も少なくありません。そこへバクタモン®を投じると、窒素、リン酸、カリなどの成分を、微生物がキャッチ。自分の栄養分として取り込んだ後、有機態として放出された養分を、作物の根が吸収するので、土中に入れた肥料分を無駄なく作物に吸収させる効果が生まれるのです。


ギネスに「糖度の高いモモ」部門がない?
さて、1玉の平均値が『糖度23.4』という値を得たことで、本気でギネスの公式記録を狙い始めた松本さんは、いよいよその日本窓口である《ギネスワールドレコーズジャパン》に審査を申し込みました。ところが、ギネスにはそれまで食品の糖度に関するカテゴリーがありませんでした。それでも「食品の糖度に関する部門には、非常に関心がある」とのこと。
「松本さんのモモがどれだけすごいのか、それを証明できる文書を、英語で提出せよ」というのです。
英語も喋れん人間に、それは無理や
けれど、松本さんは、そこで諦めませんでした。知り合いの府会議員を通じて「なんとか協力してほしい」。すると「よし!わかった」。
大阪府の農業普及センター、農水省、松本さんが栽培している『まさひめ』という品種を開発した筑波の果樹研究所……次々と協力者が現れます。育種を担当した研究者は、「自分が開発した品種が、世界を狙うのは喜ばしい」と、糖度に関する論文を快く提供してくれました。また、ギネスに新たな部門を開くには、一定のガイドラインが設けられていて、それをクリアしなければなりませんが、その英文解読には岸和田市内の中学の英語の先生が翻訳を担当してくれました。
包近の、大阪の、そして日本のモモが『糖度世界一』になれるかもしれない。
そんな思いがいろんな人たちの期待と希望を巻き込んで、いよいよ2012年11月、ギネス世界記録の中に『世界で最も高いBrix値=糖度を記録したモモ』というカテゴリーが誕生したのです。ところがギネス社は「日本国内には、世界に通じる生の果物を計測する基準がありません」
ひとくちに『糖度を測る』といっても、公式な世界記録として認められるには、いくつものハードルを越えなければなりません。果実の一部分の糖度が高ければよいのではなく、皮と種を除いた果肉をジューサーにかけて、その平均値を取るところまでは一緒なのですが、不純物の値をどうするか等、厳密な方法が分析機関によって異なっていたり、検査法の問題をなんとかクリアしたかと思えば、栽培方法に問題がないことの証明が必要になったり……次から次へと目の前に『壁』が現れて、道が塞がれる思いをしました。「また行く手が塞がれた。どないしよう?それでもあきらめなかったのは、やっぱり意地。そして希望でした。」
ありがたかったのは、「日本の農業技術を数値化することに、大いに意義がある」と、応援してくれる農水省の担当者が現れたこと。モモでギネスに挑戦することは、もう松本さん個人の問題ではなくなっていたのです。こうして、何度も壁にぶち当たり、その度に関係者の協力を得て、2015年5月、指定のガイドラインによる分析機関の測定法で、松本さんのモモは『Brix22.2』で公式に世界最高記録と認められました。


抗酸化力の高さも2倍
ギネスの世界記録をとって丸2年。収穫期を迎えた松本さんの元に、次々と電話がかかってきます。
「糖度世界一のモモがほしい」
たしかにメディアへの露出や問い合わせが増え、大阪のトップシェフのレストランや有名な老舗和菓子店でも取り扱われるようになりました。中には糖度20度を超えるモモを、1個5万円で買いたいという人も現れます。儲かって仕方ないのでは?
いやいや、20度超えのモモはまだ年間数十個。この状態に胡坐をかいているわけにはいきません。年間1000個を目指さなければ!
そう話す松本さんのモモは、糖度が高いだけでなく、もうひとつ大きな特徴があります。
『抗酸化力』の高さ。
それは『体内で活性酸素が巻き起こす、有害な働きを弱めたり、取り除くチカラ』のことで、病気の予防や若さを保つことにつながるといわれています。松本さんの「まさひめ」を、その日本有数の研究機関である東京デリカフーズ(株)で検査したところ、抗酸化力は128.6TEmg/100gをマーク。一般的に流通しているモモの平均値63.0TEmg/100gの2倍を超えています。
樹を傷めず。健康体のまま育てる。』と話していた松本さんのモモは、果実そのものが健康で食味と糖度、そして抗酸化力が高く、味わう人の健康に役立てる存在であることが分かってきました。
  


そんな松本さんの『モモのチカラ』を発揮する加工品も誕生しました。それは「モモの発酵エキス『桃の妖精」といいます。松本さんのモモを原材料に、果菜、根菜、葉菜、キノコ類、海藻、民間植物類、穀物など、100種類の植物原料を、微生物のチカラで完全発酵。原材料はすべて国産、地元大阪府忠岡町の大和酵素(株)が、販売を手掛けています。
『桃の妖精』は(株)マルヤファームプラスのサイトで販売中。野菜嫌いの子供や、お通じに悩む女性、栄養が偏りがちな男性など、病気ではないけれど、体調不良や美容、栄養バランスの乱れに悩む人たちの、愛飲者が増えています。


バクタモン®に出会って10年。松本さんが『糖度世界一』を記録したことで、小さな産地だった包近が、全国から注目を集めるようになりました。今後は地元の若手生産者にも、栽培技術を伝えていきたいと考えています。
自分一人だけでは、残っていけません。若いもんも頑張れよ。ちょっと踏ん張れば、1個1万円のモモが作れる。それには努力も必要だから、やりたい奴だけ教えちゃる!
世界一の糖度を実現させた栽培技術を、包近に根付かせていきたい。
松本さんの奮闘は、まだまだ続いています。


●マルヤファームプラス「桃の妖精」販売サイトはこちら↓
http://www.maruyafarm-plus.jp/



2017年7月 取材・文/三好かやの 写真/川瀬典子